20世紀最大のピアニストの一人、リヒテルの練習方法とは?

昨日、つまり3月20日はリヒテルの誕生日だったそうです。

最近Facebookで「お誕生日おめでとう!****!」(****には死んだ著名人の名前が入る)みたいなのがしばしば流れて来ます。ふーん誕生日だったのか、と思いつつもちょっとだけ気味が悪いなとも思います。死んでいる人の誕生日を祝うというのは、なんだか落ち着かないなと思うのは私だけではないと思うのですが。ちなみにリヒテルは1915年うまれ、1997年死去。今年は2016年なので生きていれば101歳。

スヴャトスラフ・リヒテルを知らないピアニストはいますか。恐らくいません。20世紀ピアノ界の巨人の一人でした。

・・・・でもそう思うのは自分だけかな。リヒテルを知らないという人もいるかも。不安になってきたので、とりあえず一曲、これを聴いて下さい。リヒテルが得意だったショパンのエチュード作品10-4。

激走とかいうような言葉がふさわしい、荒々しい演奏です。ショパン指定のテンポより早いはず。

ショパンの作品には「おお」とのけぞるようなサーカス的要素はあまりないのですが、この曲は例外の一つ。ほらほら弾けるだろう俺、といった見世物的な感覚があります。

ところでショパンの練習曲で一番難しいのはどの曲でしょう。

作品10-1・・・・広範囲に飛び回る右手のアルペジオ。正確に音を当てるのが困難
作品10-2・・・・中指薬指小指。弱い3本の指をクロスさせながら滑らかに半音階を演奏する、親指と人差し指は和音をチョンチョンチョンと刻む。脱力が出来ず途中で脱落。
作品25-6・・・・3度音程の和音をひたすら弾く。弾けない人(自分を含む)は絶対弾けない。こけつまろびつしながら早々にコースアウト。

とまあ、こんな感じでしょうか。作品10-3「別れの曲」はアマチュアにとってみればあこがれの曲の一つでしょうか。私は中学生の時、あの曲はショパンの練習曲の中でも最も易しいと言われて衝撃を受けました。まじかよ、あの中間部音外さずに弾けないよ。プロだってグシャグシャになってるじゃないか!

いや、極めて個人的かつ非建設的な愚痴はこのあたりにしておきましょう・・・。

演奏の難易度としては10-4は最高ランクではないのですが、指定のテンポ以上で弾くというのはリヒテル、見事な反則勝ちですね。演奏効果抜群ですね。

さて、リヒテルはどういう練習をしていたかご存知でしょうか。

「リヒテル」という分厚い本があります。ブルーノ・モンサンジョン著、筑摩書房。分厚いことは分厚いですが、7,500円!くっそ高い本なんだこれが。人生で買った高額書籍の一つです。むちゃくちゃおもしろいので読むことをおすすめしたいのですがね・・・。この「リヒテル」の200ページ、201ページに書かれているのですが、リヒテルの練習法とは、ひたすら反復練習だったそうです。

(1)最初から弾き始める。(2)弾けないところがなくなるまでそのページを練習し続ける。(3)弾けるようになったら次のページに進む。(4)終わり。おいおい、めちゃくちゃじゃないか。(難しいパッセージは優先的に練習するともあります)

文筆家でもあるピアニスト青柳いずみ子さんのサイトにそこのあたりが少し詳しく書かれているので興味のある方はご覧下さい。

【特集】「私の枕頭の書」(文学界 2004年6月号)

ただ、この青柳さんのコラムには省略されていることがあります(意図的にだと思いますが)。それは、上記の本の中で、ゆっくり練習することはほとんどない、ともリヒテルが言っていることです。「ときにテンポを落として弾いてみることもありますが、めったにありません。一挙にほんとうのテンポに入っていきたいからです。」

ひたすら繰り返す、という記述だけを見て、なあんだそうか、やっぱりリヒテルも繰り返すんだね、と安心しかけた人は、その後に続く「ほんとうのテンポで」という発言に仰天するわけです。

凡人のやることとは違っている・・・。しかし、上の青柳さんのページによれば、リヒテルは実際には信じられないようなとても遅いテンポで繰り返し練習をしていたようともあります。

これはどちらが正しいのか。

おそらくどちらも正しいんですきっと。少なくともどちらも「間違っていない」のだと思います。リヒテルだって人の子ですから長い人生で常に同じ練習をしていたとは限りません。

なので結論としてやはり昨日と同じく練習方法は「自分の頭で考えろ!」ということになるのです。

問:ピアニストにとって反復練習は必要でしょうか?

答:人それぞれなので、こうすべき、というものはありませんが、一つのアイデアとして実行に移してみてもいい、とは思います。ただし、日本人が陥りがちな「努力すれば報われる」という方向に進んで行ってしまうと、それは明確に「間違いである」ということになると思います。