バッハを演奏すること、憶えること

皆様は記憶力に自信がありますか。人の名前、顔、覚えていられますか。私は全然だめです。では、楽譜はどうですか。音楽を覚えるのは得意ですか。同じく、私は全然だめです。

リヒテルは晩年、楽譜をみて弾いていましたが、それはあくまでも保険のようなもの、実際には完璧に憶えていたそうです。また、個人的にいろいろなプロピアニストの譜めくりをさせていただいた経験がありますが、大体の方は、特に超一流と呼ばれる方々は、一様に「保険みたいなもの。少しぐらいめくるのが早くても遅くても大丈夫。だって憶えてるから」と言われます。

どうしてみんな、音楽を憶えていられるのだろう。と不思議に思います。特にバッハ。バッハは覚えられませんよね。憶えたと思ってもすぐに記憶から落ちていく。見事に消えていきます。

なぜバッハを記憶するのが難しいのか。それは例えば「声部」が入り乱れるから。4声のフーガとか5声とか、もうね、腕は2本しか無いのに、それぞれが独立して動いているってどういうこと。それを弾き分けるだけでも難しいのに、憶えるってどういうこと。いやほんとに、苦痛を伴う作業です。

現代を代表するバッハ弾きの一人、アンジェラ・ヒューイットが最近のインタビューで面白いことを言っていますよ。

“You’re able to do four or five things at once because that’s what you’re doing when you’re playing Bach,” Hewitt says. “It gives you an incredible memory, because memorising Bach is about the hardest thing you can do. It gives you discipline in your everyday life, I think, and clarity. And also a great sense of comfort and joy and appreciation of the beautiful.”

「バッハでは4つか5つの事が同時に進行するので、普段から同時に4,5のことを出来るようになりますよ。バッハを覚えれば、記憶力がよくなります。バッハの曲を覚えるというのは生きていて最も難しいことだからです。それができればあなたの日々はとても自己管理ができたものに、非常にすっきりとしたものになると思いますよ。ゆったりとした気持ちになり、美しいものに感謝する気持ちが芽生えるようになるでしょう」

https://www.theguardian.com/music/2017/may/09/pianist-angela-hewitt-australian-tour-memorising-bach

なるほど・・・。バッハに苦労したことのある人ならなんとなく理解できるコメントでしょうか。バッハを、たとえ憶えなくとも弾いているだけで、なんだか頭が賢くなったような気に、なったりしますもんね(そんなことないですか?)。そう、人生を豊かにしたいみんなは、バッハを覚えよう!