来日2日目の夕方、カバッソさんといろいろとお話をする機会がありました。
「カバッソさん、ピアニストにとって一番大事なことはずばり何ですか?」
「練習」
以上。終わり。
うそです。もちろん練習は大事です。
何かを人に伝えたいという気持ち
「ピアニストというか、芸術家に必要なのは、何かを人に伝えたいと思う気持ちだよ」とても印象深い。
また実践面では、一つは室内楽や歌の伴奏をすることの大切さ。ピアノは、音符も多いですし、どうしても練習のため一人でこもりがち。でもたとえば「歌手の伴奏をすると、同じように音符が並んでいても、ピアニストと歌手とでは全然違うフレージングになったりする。なんでだ?と最初は思うかもしれなけれど、鍵盤を下げれば簡単に音が出るピアノと、身体全体を響かせて声をだす歌手とは違うから。」そう、楽器の構造が全く違うから、そこから学べることは大きい。
「きれいな音」は非常に重要
そしてきれいな音で演奏することの大切さ。「音がきれいでなければ伝わるものも伝わりにくくなる。」そうは言っても、きれいな音をだすことが最終目標ではないですよ。表現の手段としての音の美しさですね。表現のためのテクニックです。さすが美音の持ち主と言われるだけある。
と言って演奏してみせるカバッソさん・・・。うむむ・・・できるな・・!!ピアノが鳴りますね。楽器全体がふわーっと鳴る感じがします。こういう音で聞いてみたいな、ディアベリ変奏曲・・・おやおや?来週の火曜日にJTアートホールで弾くのか!これは聴き逃せないな!
・・・わざとらしくて申し訳ございません。
「大人鳴り」とでも申しましょうか、自然で無理がない。ピアノがにっこりと微笑んでいるようだ。
「綺麗な音は、鍵盤を下に押し下げるのではなく、鍵盤の底に着くやいなやバウンドさせるような弾き方によって生み出されるのだ。」鍵盤を下へ下へと弾くのではなく、上へ上へ。最上の例として出たのがマルタ・アルゲリッチ(今年75歳!)とアルド・チッコリーニ(90歳前まで現役だった)。「彼らのような弾き方を身に付ければ、年をとってもうまくなっていけるのだと思うよ。」
若い時は筋肉もあるし敏捷性もあるから、何でも力づくで弾けるんですが、年をとって筋肉が衰えてもなお、弾ける、そういう人になるため跳ねる弾き方を身に付けるべきだそうです。(・・・いや「弾ける」ということそのものが結構すごいことでして、自分のケースを振り返ってみてもはっきりわかりますが、若くても弾けない人がほとんど、なのですけどね。)
偉大なマリア・クルチオという師
またシュナーベルの弟子だったマリア・クルチオに習ったことは「自分にとってとてもためになった。初めてレッスンを受けた時の衝撃はすごいものだった。パリ国立高等音楽院で総てを習ったと思っていたが、自分は何も知らなかった、と思うほどだった。」
スポーツでも自分にあったいいコーチ。(例えばマイケル・チャンをコーチに迎えている錦織圭)に指導を受ければみるみる実力が開花していくように、ピアノもいい教師に出会うことは大切なのでしょう。
今になってマリア・クルチオの言葉をようやく理解した、と思うこともあるそうです。
例えば、と話出してくれたのですが、マリア・クルチオの家で練習をさせてもらっていた時のこと、マリア・クルチオはべつの場所で家事をしていたのですが、突如「親指に力が入っている!」という声が聞こえてきたというのです。
「なんで分かるんだろう?とその時は思ったけれど、今は、生徒の身体のどこに力が入っているのかわかる。」と断言。「腕のここに力が入っていればこういう音がする、ここならこういう音、ということが、生徒の演奏姿を見なくても音だけでわかるんだよ。」ほえー、そういうもんですか!これはとてもとても面白いお話を伺えました。
「ともかくピアノの演奏は背中でするんだよ。腕のどこにも余計な力をいれてはいけない。もちろん自分が完璧にできているとは言わないけれど。」
気がつけばあっという間に一時間以上が経過。
にこやかにお話をしていただき感謝。メルシー、ムッシュー。アビヤント。