(前半はこちら)
― 耳コピ楽譜はそのほか、誰かにプレゼントしたりするのですか。
弾いて頂きたいピアニストに提供したり、楽譜のトレードとして渡したりしてきました。販売をしたことはありませんが、問い合わせの多いラフマニノフ「ピアノソナタ第2番(ホロヴィッツ版)」の楽譜は、ラフマニノフも認めたこの曲の第3版(1913年初版と31年改訂版をホロヴィッツが折衷した版)ですし、さらに校正をして出版することができればなと夢見ています。
- 確かに。楽譜関係の著作権とか、詳しいことはねもねも舎も全然わかりませんが、そのあたりクリアにして出版、という話になるといいですね。世界中のオタクども・・・・いや失礼、オタクの皆様方の歓喜の声がこだまするにちがいありません。
ピアニストやピアノを学ぶ人にとって、ホロヴィッツ版に触れることは、ソナタ2番の演奏法の可能性を見出すことに繋がるのではないでしょうか。ソナタ2番の初版と改訂版の楽譜集に、ホロヴィッツ版を作るレシピや、追記された音の譜例、解説をつけるなどの方法も考えています。ご興味を抱きました出版社の方は是非、ご連絡ください!
― ご興味を持たれた出版関係の方がもし居られたら、ねもねも舎のコンタクトフォームからご連絡ください。対応いたします。
― ではここから実際にどうやってやるのか、お尋ねしたいと思います。山口さんは手書き派ですか。フィナーレなどの楽譜制作ソフトは使わないのですか。たとえばリゲティのエチュードは最初手書き楽譜がそのまま出版されましたが、誰かがフィナーレで打ち込んだものが後になってショットから出版されたという噂も聞いたことがあります。音楽をきかせたら自動的に耳コピをして楽譜にしてくれるソフト、アプリはないのでしょうか。今後出てくる可能性はありますか。
あとからフィナーレで浄書した曲もありますが、手書きが多いです。なので、YouTubeに自分の採譜が投稿されていることに、すぐ気づきました。ラフマニノフのソナタ第2番(ホロヴィッツ版)は、なるべく手書きにしたくなかったので、元の楽譜から音符を切り絵のように貼りつけたりしました。
― それはそれで見てみたいかも。
どうぞ!
採譜機能付きのソフトがあるようなことを耳にしたことがありますが、複雑な曲はまだ不可能でしょう。しかし人工頭脳AIが、耳コピをしてしまう日も近いのではと予想していますもしかするともう可能レベルまで到達しているかもしれません。
― それでは世界中でこいつは凄い、という耳コピ達人はいますか。その人のサイトとか動画とかご存知でしたら教えてください。
最強のコンポーサー=ピアニストと名高いマルク=アンドレ・アムランがまず思い浮かびます。アムランは時代に埋もれた超絶作品の数々を世に出してきましたが、それは楽譜として残されなかった、もしくは未出版作品にまで及びます。ワイセンベルク編曲「トレネの6つの歌」や、オッフェンバック(ギンペル編曲)「アメリカ海兵隊賛歌」パラフレーズは、編曲者の演奏音源から採譜して演奏録音しています。驚くことにアムランのお父さんジルさんは、珍曲マニアでありながら採譜もし、オスカー・シュトラウス(ゴドフスキー編曲)「ラストワルツ」を、ゴドフスキーのピアノロール録音から採譜しているのです。その採譜は出版もされたのですよ。親子で採譜名人!
アムラン採譜・演奏のオッフェンバック(ギンペル編曲)「アメリカ海兵隊賛歌」パラフレーズ:
耳コピ界のカリスマ、Chris Jensenと、昨年惜しくも亡くなったJon Skinnerは尊敬する名人です。ホロヴィッツ編曲やヴォロドス編曲を中心に数多くの採譜を行っています。
Jensenからペナリオ自作自演の映画音楽「Midnight on the cliffs」の採譜が届いた時には、見てぶったまげましたね。これです。
― やっぱりいるんですね、いろいろと。世界はまだまだ広いなあ。
ホロヴィッツ編の耳コピ一筋!という採譜者もいます。ホロヴィッツ編曲を耳コピして弾いたおそらく最初のピアニスト、アーサー・マッケンジー や、来日公演も行ったヴァレリー・クレショフは、ホロヴィッツから演奏と耳の素晴らしさを賞賛されています。私の留学中の師匠も、自身で採譜した楽譜をホロヴィッツに見てもらえるように試みたとか話を聞きました。
韓国系アメリカ人?のKong –Ju Leeというピアノ調律師も、ホロヴィッツ採譜一筋ですがこんな自作ドキュメンタリー映像まで作ってます。つっこみどころ満載の変わった方ですが、ホロヴィッツ愛伝わり、マニアはたまらなく共感すると思いますよ。ホロヴィッツにも彼の採譜が渡っていたとか。彼の採譜を少し入手しましたが、一昔前はトップシークレット楽譜でした。一度コンタクトをとってみたい方です。まあなんせ面白いので映像見てください!
kong Ju Lee ホロヴィッツ編曲採譜ドキュメント(注:この動画は埋め込み不可なので以下にリンクを貼っておきます)
まだまだいますよ。最近、こいつは凄いと思った耳コピニストは、マツーエフの「ハッピー・バースティ」ソングによる爆裂即興演奏を採譜した人。マツーエフもこの採譜動画を見て「すごいぜ!」とSNSで紹介したほどです。
― うーん、変態の領域に・・・いやなんでもありません。素晴らしきマニアの世界ですね!!やっぱりホロヴィッツは神ですか。
神ですね。
― その答えを待っていました。
9月に妻の伊賀あゆみとデュオコンサートを行いに、ホロヴィッツが音楽を学び伝説的な公演を行ったモスクワを訪れました。音楽関係者の方々とお会いした時に、ホロヴィッツの名を出すと「我らがホロヴィッツ!」といった反応がありました。ロシアで未だ崇拝されていることを肌で感じました。
(写真5:ホロヴィッツも弾き、座ったスクリャービン記念博物館のスクリャービンのピアノとソファー。)
ホロヴィッツは唯一無二のキング・オブ・ピアニストです。その魔術的なピアニズムには中毒性があるのですね。一度はまったら離れられない危険な存在です。
ホロヴィッツへの敬愛が募り、妻と共に一昨年CD「ホロヴィッツへのオマージュ」をリリースしました。連弾とソロ演奏によるCDです。嬉しいことに、タカギクラヴィアさん所有の、ホロヴィッツ愛用のスタインウェイCD75を使用させて頂きました。
ロンドンや初来日公演でも弾いた伝説のピアノです。ロンドン公演でチャールズ皇太子が起立しながら聴いた「イギリス国歌」も採譜して収録しました。連弾では、ホロヴィッツ編曲にさらにホロヴィッツ流パッセージや音を盛り込みアレンジした「星条旗よ永遠なれ」、「カルメン変奏曲」、サン=サーンス「死の舞踏」なども収録しています。4手で弾くホロヴィッツ編を是非お聴き頂けましたら嬉しいです。
ホロヴィッツが理想とした響きのピアノを弾いてみて、煌びやかなホロヴィッツ編曲の誕生には、この様な楽器が在ったからこそと実感できました。
(写真7:「星条旗よ永遠なれ」の採譜と、連弾アレンジした同曲の譜面)
連弾アレンジ「星条旗よ永遠なれ」のMVはこちら
―それは素晴らしい。
ホロヴィッツ自身も「楽器が作曲家にインスピレーションを与えてきた」と語っていますね。
― 楽譜をあげて使ってもらった嬉しい例はなんですか。差し支えない範囲で教えてください。
フランス留学中に聴いた、ラン・ランのコンサート後に、ホロヴィッツ編曲の採譜をいくつかをプレゼントしたら、「カーネギーホールで弾く!」と興奮しながら喜んでくれましたが、それが実現となり飛び上がりましたね。後日、日本公演のサイン会で私を見ると、親指を立てて「Nice!」と呟いてくれました(笑)
リスト(ホロヴィッツ編曲)ハンガリー狂詩曲第2番を弾くラン・ラン inロイヤルアルバートホール
ギンジンがアンコールで「カルメン変奏曲(1947年版)」を演奏してくださったことも嬉しかったですね。コンサート後に「最後は君の楽譜と違うように弾いたけど、こっちの方が弾きやすくてホロヴィッツと同じ効果を出せるよ」と興味深いお話をして頂きました。
それ以外にも素晴らしいホロヴィッツ編の演奏と出会えた時、採譜して良かったと嬉しくなります。
ギンジンが弾く「カルメン変奏曲(1947年)」
― それはすごい!では耳コピのコツを教えてください。
コツはとにかく情熱!ネイガウスが、ピアノの上達法は何よりも「情熱!」と語っているように。まずは、くりかえし聴き、聴きとりやすい箇所から書き採って、ピアノで弾いて確認することを繰り返すうちに、音を聴けば楽譜が浮かんでくるようになっていきます。
―なるほど。
耳コピは画家が名画を模写することに似ていますね。どのような音のパレットであの響きとなっているのか創造する作業でもあります。そこで見つけた音使いは、自身が作曲や編曲するときの糧にもなります。
― 耳コピは絶対音感がないと出来ませんか。誰でも出来るものですか。
絶対音感がある方が速いと思いますが、なくても出来るのではないでしょうか。訓練を積めば誰でも可能です。耳コピをすることは、演奏力を高める効果もありますのでお薦めです。音を良く聴ける耳、音程や和声への意識、譜面に書かれている音を頭で鳴らせる能力などを養うことが出来ます。ロシアの音楽院では、耳コピをさせる授業があると何かで読んだ記憶がありますが、もしご存じの方がありましたら教えてください。
― 最後に、耳コピの醍醐味を教えてください。
耳コピの醍醐味は、演奏者以外、誰も弾いていない曲が弾けることですね。楽譜の存在しない曲はそれだけでも価値が高まりますし、それが素晴らしい曲でしたら尚更です。演奏者しか知らぬ、指跡を追っていく過程はなんともロマンがあります。
― 今日は長い時間、本当にありがとうございました。ホロヴィッツ愛もおきかせいただき、ねもねも舎も激しく満足しています。これからも耳コピ道を追求していい音楽を聞かせてください!
こちらこそありがとうございました。ねもねも舎のファンとして、今後の更新を楽しみにしています!
山口雅敏&伊賀あゆみ ピアノデュオの公式サイト:
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HP: http://www.ayumi-masatoshi.com/